2023.03.17

ラ・テラス イリゼ

ラ・テラス イリゼ
 

包丁にこだわるお店は美味しい

食材にこだわる飲食店が増えた中、その食材をより活かすために、料理人が行きつくのが包丁へのこだわり。包丁の質や手入れにまでこだわるお店は、例外なく美味しい。

グルメサイトのレーティングでは紹介しきれない本当に美味しいお店を、料理人の魅力を通して紹介する、「味でつなぐ 料理人探訪」

第8回目は、奈良、菖蒲池で本格的なフレンチを提供し、6年ぶりに発刊されたミシュラン・ガイド奈良2022においてわずか就任1年目にして一つ星として掲載された「ラ・テラス イリゼ」鷦鷯 進氏にお話を伺った。


 

全然葛藤はなくて、とにかく料理が楽しかったです。


料理人を志したのは中学生くらいですね。今思い出すと、家でチャーハンとかをよく作っていましたし、家庭科の授業とかでも本気でやって、食べた周りの反応も良かった記憶があります。

母親もよく凝った料理を作ってくれていて、当時TV番組の料理の鉄人が大好きでよく観ていました。

今、52歳なので1980年代の後半くらい、まだ両親からみると料理人は安定しない職業でした。私は学生時代から料理人になりたいと思っていたんですけど、両親に相談したら「水商売だからやめとけ」と言われあきらめていました。通っていた高校が工業高校だったこともあり、空調の電気関係の会社でエンジニアとして就職しました。

そこから二、三年は働いてたんですけどやっぱり面白くなくて。料理やりたいなと。夜中と休みの日に居酒屋やウエディングの調理場で調理補助としてバイトを始めました。結局21歳くらいで、電気の会社はやめてしまいましたね。全然葛藤はなくて、とにかく料理を作ることが楽しかったんです。

和食、中華、フランス料理の工程のなかで俄然フランス料理の工程に惹かれました。魚、肉を焼いたり、いろんなソースを作り自由にお皿の上に描けるようなところですね。

大阪を代表するフレンチで叩き込まれた気概

大阪で働くにはエプバンタイユ、ビストロヴァンサンク。当時この2軒が一番厳しいと聞いていたので、門を叩きました。

やっぱり有名店なだけあって皆調理師学校に行っていて、又フランスに料理留学に行ってた人もいました。料理経験の無い自分は少し見下されていたように思いますね。

当然職場内では料理の用語も野菜も肉も、なにもかもフランス語たったんですが、こっちはフランス語なんて全くわからない。朝の6時前からオーナーシェフについて市場に行って、仕込みをしてランチ、ディナー営業、片付け。

通勤中にフランス語のCDを何回も聴いて勉強していました。エプバンタイユで心に残ったのは、オーナーがいかに大変かということ。店を守りながら、基本的には20歳そこそこの体力がある自分と同じ時間は働いていましたから。当時は寡黙で、怖かった印象もあります。

ヴァンサンクでは、原さんという方が総料理長でした。すごく探究心の強いで、また常にメモを持ち歩いている。

もう今は80歳を越えられているのですが、この前このお店に食べにこられたときに、もものすけというかぶの品種があるのですが、それをご存知なかったみたいで、熱心に聞いてこられて、メモして帰られました。当時から探究心の強い方でしたが、未だ料理への情熱が衰えていないことが嬉しかったです。

やはり自分の中に、お二人のシェフに倣っている部分はおおいにあると思います。

本場フランスで体験した「違い」

ヴァンサンク勤務時代に休日のアルバイトも含め、貯金が100万円くらいまで貯まった段階で、先輩からフランスのお店を紹介してもらいました。

せっかく本場に行くので、なるべく調理場内に日本人がいないところへと。貯めたお金との兼ね合いだと、2-3年くらいいられれば御の字。観光ビザも3ヶ月までしかいられないので、切れそうなタイミングでその都度フランスを出てヨーロッパ各地を転々とし、できるだけ料理の勉強ができるように動きました。

とにかく楽しかったです。特に食材のスケールが違ったのが印象的でした。日本の食材比べて全体的に大きくて、抜群に香りが良い。触った感じも何もかも違うんです。

世界屈指のフレンチ、ジラルデでの経験

その間、スイスでどうしても働いてみたいお店がありました。

ずっと三つ星を取り続けている、ジラルデというお店です。ヨーロッパ滞在中、10通はラブレターを送りました。
ああいうお店は同じようなラブレターがずっと届き続けるものなので、毎回お断りの返信が返ってきていました。
3か月に1回は食事に行き働きたい旨を伝えていたのですが、その都度断れられ、又ヨーロッパ滞在3年が経ちもうお金もなくなる、というタイミングで、そろそろ日本に帰らないといけないから、最後に食べにいこうと思って訪ねたんですね。


そうすると、たまたまそのタイミングで「料理人が三人怪我をして一時的に人手不足だから、明日から働け」と。
すごくびっくりしましたが、何事も諦めずにいると誰にもチャンスは来るものだなと思いましたね。

まず3ヶ月間お試し期間がありまして。
才能ある若手料理人が世界中から履歴書が届くお店です。70席、昼、夜が満席で調理場スタッフは30名。少しでもミスをしたら、替わりがたくさんいるのですぐにクビになってしまい緊張感たっぷり。

調理場に入ったら、全てのレベルが違う。みんなめちゃくちゃ仕事ができるんです。スピード、正確さ、清潔さ。全ての動きに無駄が無い。
 

切れ味の持ちとバランスはやはり一文字のものが一番だなと、戻ってきました。​僕の分身ですね。

魚のポジションを任されたので、そこで必死にやっていました。その時に役に立ったのが、一文字さんの包丁です。

当時も日本の包丁は有名ではありましたが、ほとんどの料理人は見たことがなかった。

そこで「早いな。どんな包丁を使っているんだ」と。

結果的に本採用を頂いて、私は全セクションを回ることが出来、最終的にはジュニアスーシェフのポジションになりました。トータルで6年半いたことになります。

毎日膨大な仕事量で6年半で1本使い切っています。今の筋引き包丁とは別のやつですが、21歳のときから使い始めて、今のものは5代目ですね。

冗談でなく、本当に助けられたと思っています。もちろん他のメーカーの包丁も使っていたこともあるのですが、切れ味の持ちとバランスはやはり一文字のものが一番だなと、私の手にはしっくりきます。
僕の分身ですね。(Gラインは)大きく「S」と入っていて、僕のイニシャルと共通点があるのも気に入っています。


 

違う言語圏でのチャレンジと、日本に戻った葛藤

6年半ジラルデにいた後、今度は自分でレストランを経営してみたいと思いまして。スイスのオーナーシェフの下で働くことになりました。

経営やお店の運営を経験したかったんです。

そこでの経験は、エプバンタイユやヴァンサンクを思い出すような大変さでしたね。
レストランと料理教室、出張料理をやっていたのですが、「このオーナーシェフ、いつ寝てるんだろう」と。2年ほど経験をしていましたが、やはり国籍の違いもあり、語学力の問題もあるので自分のお店をオープンするのは難しいなと思って悩んでいました。

そんなときに、スイス国内、バーゼル市のシュヴァルブランというお店からオファーが届きました。
バーゼル市というとドイツ語圏になるので、言葉も文化も全く違うんです。3ヶ月くらい悩みましたが、まあこれもチャレンジか、と思いオファーをお受けすることにしました。

そこのオーナーが「レストランシュヴァルブランをスイスで一番のレストランにして欲しい」と。以前から知り合いだったドイツ人のピーターというシェフがそれで私を呼んだ、と言ってくれていました。
スーシェフとしてメニュー開発やマネジメントまで、かなり自由に多くの経験をさせていただきました。
ピーター氏と共に二人三脚で始めたレストランシュバルブランは就任1年目にミシュランガイドスイス2006で一つ星、2年目に二つ星、8年目に三つ星として、掲載して頂きました。

ヨーロッパでは何軒か星付きレストランで働くことが出来、又働きたかったジラルデで仕事ができ、その後は三つ星レストランのシェフとして経験を積むことができました。
日本に残した両親の事もあり、家族みんなで日本への本帰国を決めました。

約20年間日本を離れてバブル時代の激務が当たり前の感覚だったり、フレンチでも指折りの厳しい環境でやっていたので、今の時代の日本で適応するのに苦労した部分も正直ありました

「仕事を、料理を好きになること」だけですね。自分にはそれしかなかったので。

そんなときにディライト株式会社のレストランラ・テラス イリゼに呼んで頂きました。社長も若く、グループの総料理長は同世代だったんです。
ということは世代としての価値観も近い。「鷦鷯さんの思う通りにやってほしい」と言ってくださって。
そんなとき、2022年にミシュランの奈良版も発刊されるという話もあり、「よし、これは取ってやろう」と意気込んでのぞみました。

ありがたいことに、6年ぶり発刊のミシュラン・ガイド奈良2022で一つ星レストランとして掲載されました。

キッチンスタッフもまだ若いのですが向上心も強く、20代が二人いて、1人はフレンチで成功したい、という野心があるようだし、もう1人もコンクールで優勝したいと言っていて。

自分が持っているものは伝えたいな、と思います。私ですか?辛いというのを感じたことが無いですね。本当に好き勝手、やりたいことをずっとやってきてるだけです。若い方々にメッセージですか。「この仕事を好きになってください」というだけですね。自分にはそれしかなかったので。

来て頂くお客様には「ここでしか体験できない味、経験」を提供したいと思っています。

ラ・テラス イリゼは場所も奈良の決して都会とはいえないですが、景観含め非常に美しい場所です。私は本格的なフレンチを経験してきたという自負はありますが、うちの料理人には和食経験のスタッフもいる。来て頂くお客様には「ここでしか体験できない味、経験」を提供したいと思っています。